夢の国
私は夢を見ない。
生まれてから一度も私は夢を見た事が無い。
別に身体におかしいところはない。
感情に乏しいなんて事も無い。
楽しい事があれば笑うし、理不尽な事があれば怒る。そして泣く事だって出来る。
私は正常だ。だが、「夢を見る」これだけがどうしても出来なかった。
どうして夢を見ないのだろう。
そしてどうして私は、夢を見ない事を欠陥と感じたのだろう。夢なんて見なくても生きては行けるのに。現にこうして私は夢を見ずとも生きているのに。
私は調べた。夢のメカニズム、夢の見方、そして夢とはどういうものなのか?を。
調べて行くうちにだんだん分かってきた。夢は記憶の反復再生なのだ。今日の記憶を何度も何度も夢として再生する事で、身体に刻み付ける。それが夢なんだ。
しかし夢が記憶の反復再生というのであれば、私は記憶が無いという事になる。そうなのだろうか?
私は昨日の事を思い出してみた。図書館で夢について調べた。
図書館への道順は?
覚えている。
三丁目の角を左。三百メートルほど歩けば、そこに図書館がある。
図書館が閉まる時間は?
20時だ。それ以降の本の返却は返却ポストと言うやつに入れればいい。
子供の頃の記憶は?
私は子供の頃、もっと薄暗く、機械だけの場所にいた。右を見ても左を見ても機械。そういう場所だったと思う。
記憶はある。子供の頃の記憶も全てある。なのになぜ私は夢を見られないのだろう。分からなかった。分からないまま、年月は過ぎた。
私の身体に異変が起きた。
足の間接が動かなくなったのだ。曲がらない。どうしても関節が曲がらない。昨日まで普通に曲がっていたのに、今日は全く曲がらないのだ
それから数日後、今度は腕がおかしくなった。左腕が痙攣している。右腕が曲がらず、ギシギシ音を立てる。動かない腕、動いてもまともではない腕。
どうしよう。これじゃ本が返せない。
それから一週間ほど経った頃、私は夢を見た。
ある家庭で家事手伝いをする夢だ。フリルのついたエプロンドレスに身を包み、10歳前後の少年にクッキーをねだられている夢だった。
「レベッカ!クッキーちょうだい!」
この街には噂が絶えない。中でも最近の流行りは「夢を調べるオートマタ」だ。
ある人は「夢のメカニズム」なる本を抱えて走るオートマタを見たと言う。
ある人は図書館で夢について調べるオートマタを見たと言う。
共通点はオートマタである。オートマタは夢を見ない。なぜならオートマタは機械だからだ。錬金術によって作られた機械人形。それがオートマタだ。
脳は機械、血液は水銀。機械の心臓。壊れない限り、活動し続ける。そんなオートマタが夢を見ようとする?噂を信じる者も信じない者も皆笑った。
少年は新聞配達の仕事をしていた。彼はこれで生活している。この街の貧民そのものの生活をしていた。
ある日、彼は配達中奇妙なものを見つけた。
「あれ、なんだ?」
彼はよく確かめるために、それに近寄る。 それはオートマタだった。
銀の髪を持つオートマタだった。美しかった。オートマタであることが勿体ないほどの美女だった。
彼女の手には本が握られていた。
「夢のメカニズム」
そう書かれていた。
彼女は少年が見ている事を気にせず眠る。時間を忘れるように眠る。自分がどういうものかを忘れて眠る。ボロボロのエプロンドレスを纏い、美しく眠る。そんな彼女を彼はどう受け取ったのだろうか?
みすぼらしい?
美しい?
そうではなかった。少年は呟く。
「……幸せそうだ」
美女は眠る。人間のように眠る。夢を見て眠る。幸せそうに眠る。
彼女はどんな気持ちなのだろう。そして彼女は何を見ているのだろう。
それは誰にも分からない。そしてそれを知る事は永久に出来ない。彼女は眠り続けるから。
彼女は幸せだった。願った夢を見る事が出来たのだから。